報道をみて感じる事と考えるきっかけになってほしいと思うこと

現実では、色々な思惑や思想がぶつかりあっている結果、中々思い通りの対策ができていない。しかし、アニメやゴジラといった娯楽の中では、「危機意識」が高い。そんな風に最近よく感じてしまう。大災害や危機に対する法案等が大事になってきているのに、最近のニュースは、「足の引っ張り合い」が多いなと感じる。いつ日本だって、「災害」や「危機」に瀕するのかわからないというのに・・・。
と特に思う。
過去にあった自然災害が自然の力の全体ではない。長い地球史の中でみると、阪神淡路大震災や福島の地震などは、ほんの一部の力なのかもしれないと思う。
そんな自然災害から守る為に、色々な方策を話し合う為に国会があるにも関わらず、そういう問題があまり上がってこない事に少し疑問がある。
ニュースは何のためにあるの?と最近は特に思う。視聴率よりも大事なことって身近に起きているはずなのに、そういう問題よりも「イザコザ」を取材しているようなそんな感じがして、少し疑問を感じる。
ニュースの本質が今失っているーそんな風にも感じてしまう。
また、海外のニュースは、よく取り上げるのに、身近な問題(例えば、離職やニート等が多くなっていること)といった問題は、事件が起きてしばらくは騒ぐが、すぐに鎮静化してしまう。このあたりの問題をしっかりと防いでいかないと、何かとんでもない事態を引き起こしかねないのでは・・と少し心配している。
個人的な意見だが、ニュースは、問題提起と解決を促すきっかけと作ることにあると思う。その結果、良い方向へ導くそんなスタイルがあってほしいなと最近はそう思う。
最近、「弱者を切り捨てる」ということは経済を潤す一つの策であるというようなメールを読んだことがある。しかし、その「弱者」が日本の根底を支えている実態もまた、事実なのだ。生き方をほんの少し変えるだけで、もっと楽に生きる道もあるのかもしれない。それができる世の中になったはずなのに、どうしてこんな生きにくいのだろうと最近特に思う。
また、「便利が足かせになっている」と感じてしまうことが多い。この情報が洪水のようになっている世の中で、今大事な事とは何なのか今一度考える時期なのかもしれない。
一方では、「社畜」という言葉あるぐらい過剰に働かされている所あるが、一方では、すぐに会社を辞めさせられる人もいる。この矛盾をどうやって解消すればいいのかと今話題のsiriに聞いてみたい。
話題のAIはどういう答えをだすのだろうかとふとそんな思いが自分の中にある。